オンラインピアノレッスン(基本ボイシング)
これは基礎からじっくりという人向けではない。 即戦力を養成するための講座である。 もうずいぶん前の話になるが、私は大学のジャズ研の先輩が言っていた言葉を今でも覚えている。 長年ジャズをやっていました、というのは観客は知らない。昨日初めてサックスを手にしたやつでも、そいつの方が上手ければおまえの負けだ。 そうなのだ。 ジャズライブの現場では最終的に出す音が全てであり、どこの音大を卒業したとか、ピアノ暦20年だとか、昨日15時間練習したとか、年収が3000万円あるとかいうのは関係ないのである。 モーツァルトが音大を出ただろうか? ここでは最終的に出す音から入っていくことにしよう。 これを覚えてしまえば基礎がどうのこうのというのは飲み屋のウンチク話程度でしかない。
長年ジャズをやっていました、というのは観客は知らない。昨日初めてサックスを手にしたやつでも、そいつの方が上手ければおまえの負けだ。
皆さんはこの譜面を覚えているだろうか? そうである。 下手なピアニストの見破り方で出てきたレッドガーランドのコンピングの譜面である。 このときはリズムに着眼して説明したが、これをハーモニーの面から見てみよう。 コードの重ね方をボイシングと言うが、ピアノがアドリブをしているときは右手でメロディーを弾いている。 このため必然的に左手だけでボイシングすることになる。 日本人の、特に女性は手が小さいのでピアノの鍵盤だと1オクターブを押さえるのがやっとという人もいよう。 私も身長175cm程度なので決して大きい手ではない。 10度はCとEなら辛うじて届くが、演奏で使えるレベルではない。 B♭=Dや、D=F#は届かない。 このため1オクターブ以内に全ての音が収まるようにボイシングする(クロースという)。 だが心配は要らない。 1オクターブ以内でも十分にいいサウンドが出せる。ジャズはポップスなどの音楽より深いニュアンスを追求するため、4つの音(4声)を押さえる。 上の譜面を見ると3つのコードがある。 マイナーセブンス セブンス メジャー それがの3種類だということも分かるだろう。 この譜面ではメジャーやマイナーなどの違いこそあれ、それぞれD,G,Cの音がルート(ベース音)だと言うことを意味している。 ジャズのコードの種類は本当はもっとたくさんあるのだが、ボイシングは最終的にこの3種類に集約される。 実はセブンスコードにはもう少しバリエーションがある。 しかしこれは後で説明するがそれほど決定的な要素ではない。 でも本当に3種類だけでボイシングできるのだろうか?
まず3種類のボイシングのハーモニーを聞いてみよう。 上の譜面どおりに左手だけで弾いてみてもらいたい。 どうだろうか? 何か抽象的である。 続けて弾くとつながっているように感じるが、単体で鳴らすとどうもピンと来ない。 しかもCメジャーのコードは抽象度が高い感じがする。 FメジャーやGメジャーでもこのボイシングでいいような気がして来る。 こういう場合は下の譜面のように、左手で弾くパートを右手で弾き、左手でベースパートであるルート音を弾いてみるとよい。 ここではリズムは着眼点ではないので二分音符で記述する。 どうだろうか? ぐっと分かりやすくなっただろう。 ピアノの弾き語りをする場合は、このようにボイシングすれば問題ない。 ともかく基本は、 左手でルート 右手でコード でOKだ。 しかし実際にベースプレーヤーと演奏する場合やアドリブの練習の際には、 左手でコード 右手でアドリブ となるので、一人で自宅で練習する場合には、コードを弾いただけでそのハーモニーのニュアンスを感じられるようになる必要がある。 これを克服するには抽象的だと感じなくなるまでひたすら耳を慣らすしかない。 これは数十回や数百回聞いただけでは無理である。 数千回、数万回とやっていくうちにようやく慣れてくるものなのだ。 ここで挫折すると、一生下の譜面のような貧弱なボイシングしかできなくなってしまう。 おや? 変ではないか。 貧弱なボイシングと言うが、市販のコードブックには堂々とこのコードが載っているのだ。 このあたりは「美味しい部分は秘密にしよう」というセコい了見からだろうか。 或いは全然ジャズの知識がない者が書いているのか。
ではちょっとここで構成音がどうなっているかを分析してみよう。 ベース音はルート(Rと表記)を弾いているので、これは説明するまでもなかろう。 コード構成音 マイナーセブンス♭3 - 5 - ♭7 - 9 セブンス7 - 9 - 3 - 13 メジャー3 - 5 - 6 - 9 さっきの貧弱なボイシングはコードトーンと呼ばれるR、3、5、(6)、7だけが使われていた。 それと比べて異なっているのは、9や13といったテンションが入っている点である。 クロースボイシングでテンションを入れる場合は、以下の法則にしたがって音を4つに調整する。 9を入れる場合は Rを削除 11を入れる場合は 3を削除 13を入れる場合は 5を削除 ところでコードトーンの6とテンションの13は同じ音だが、どうやって区別したらいいのだろうか? 答えは簡単だ。 セブンスの場合のボイシングでは、5がなくなっているのでテンションの13。 メジャーの場合は5が残っているからコードトーンの6と解釈すればいいのだ。
ではこのコード進行をGのキーに移調してみよう。 音域が変わって来るのでそのまま平行移動するわけにはいかない。 高すぎるか低すぎてしまうのだ。 4声の場合は転回形も4種類あるが、ジャズではこのうち2種類しか使わない。 Am7の場合は、譜面で四角で囲まれた転回形が使われる。 Aタイプ = 最下音と最上音がメジャー7度の音程にある Bタイプ = 内声の2つの音が短2度の音程にある これで行くとDm7はAタイプ、Am7はBタイプが適当だろう。 Cm7はAタイプでもBタイプでも使えそうだが、これは例外的だと言えよう。 ほとんどのコードは音域の関係で、AタイプかBタイプのどちらか一方だけしか選択できない。 つまりDm7ならAタイプに決まっているので、コードの転回形は1種類だけ覚えればいいということになる。 よって移調した譜面は以下のようになる。
さてマイナーセブンスは出てきたが、セブンスが付かないただのマイナーコードはどうしたらいいのだろうか? 実はマイナーコードは4度上のセブンスコードと同じボイシングが使えるのだ。 この譜面のAmのボイシングはD7のボイシングと全く同じになっていることに気が付いただろうか。 この譜面ではマイナーセブンス♭5というコードも出てきている。 このコードのボイシングはどうしたらいいのだろうか?
もう気が付いただろう。 Bm7(♭5)のボイシングはG7と同じだ。 これはマイナーセブンス♭5は3度下のセブンスと同じだということを意味している。 もう一度上の譜面を見直して欲しい。 E7のボイシングが何か違うということに気が付いただろうか?
E7のボイシングの構成音を見ると、B♭7のボイシングと同じになっていることが分かる。 なぜなのだろうか? E7の次のコードを見てみよう。 このように次のコードが4度上のマイナー(セブンスも含む)に行く場合はオルタード系のスケールを当てはめるのが自然である。 つまりオルタードは♭5度下(上でも同じ)のリディアンセブンスと考えるとよい。 次のコードが4度上のメジャー(セブンスも含む)にいく場合はもう少し選択肢が広く、普通のセブンスの他にオルタード系も使用することができる。
驚いたことに上の代理コード理論はアドリブの際のフレーズ作りにも利用することができる。 つまりBm7(♭5)のフレーズが何も思いつかなかったら、G7のフレーズを使えばいいのである。 どうしてこのような代理が使えるのだろうか? それはスケールが同じだからだ。 上のアドリブ譜面でE7のフレーズも見てみよう。 何のことはない。 Bm7(♭5)のそっくり短3度上を弾いているだけである。 ということはB♭7のフレーズということにもなる。
ここまでのおさらいとしてFのブルースをボイシングしてみよう。 10小節目のC7はオルタードに、12小節目のGm7はG7に変更してみた。 このような変更も、自分のセンスで演奏中に柔軟にできるようになることは、とても重要なことである。
さてディミニッシュのボイシングはどうしたらいいだろうか? これはやや難しい問題だ。 そもそも純粋な経過コードとしてのディミニッシュは基本的には存在しない。 ディミニッシュというのは、何らかのセブンスの代理コードだと考えられる。 また、そういう風に考えないとアドリブもとりにくいものになってしまう。 とはいえ本来のセブンスを割り出すのは難しい場合もある。 このためディミニッシュコードが出てきたら、とりあえず以下のようにボイシングしてみよう。 ディミニッシュのコードトーンは♭3ずつの音程で4つの音が入っている。このため Cdim=E♭dim=G♭dim=Adim C♯dim=Edim=Gdim=B♭dim Ddim=Fdim=A♭dim=Bdim の関係になる。 よってディミニッシュの場合はAパターン、Bパターンを使用しないで、代理のディミニッシュを使ってボイシングする。
このディミニッシュが本来のディミニッシュといえる。 これはコンビネーション・ディミニッシュ(略してコンディミ)と呼ばれる。 これまでに出てきたボイシング「マイナーセブンス」「セブンス」「メジャー」の3種類だ。 これに「ディミニッシュ」を加えて4種類となった。 ここでいったん、これら4種類のボイシングは一切忘れて、クロースボイシングでテンションを加える場合の法則に従ってセブンスに♭9を加えてみよう。 9を入れる場合はルートを削除するので、C7♭9は以下のようになる。 これはまさにディミニッシュコードである。 これにより次の法則が成立する。 C7♭9=E♭7♭9=G♭7♭9=A7♭9 C#7♭9=E7♭9=G7♭9=B♭7♭9 D7♭9=F7♭9=A♭7♭9=B7♭9 この法則を使えば別の応用方法もあるのだが、これはまた別の機会に説明することにしよう。
それではスタンダードの「It Could Happen To You」を例にして実践的に考えてみよう。 この曲のコード進行にとりあえず忠実に従い、ディミニッシュに関してはまずは前述の方法でボイシングしてみることにする。 Fm7は音域的にAタイプとBタイプの両方が使用可能だが、ここではやや低めではあるもののBタイプにしてみた。 さてここでEdimとF#dimが何セブンスの代理コードなのかを推測してみることにする。 ディミニッシュコードのルートの半音下のセブンス♭9を頼りに考えると、 Edim=C7 F#dim=D7 のような答えが導き出される。 次のコードがマイナーセブンスであることに注意してボイシングすると以下のようになる。 響きはセブンスでもディミニッシュでもよく似ている。 このようにディミニッシュをオルタードに変更しても極端にニュアンスが変わる事はない。 逆にセブンスにすることで、アドリブのフレーズは考えやすくなった。 このためディミニッシュに変化した元のセブンスコードが分かれば、ディミニッシュを使う必要はなくなる。
しかし微妙な違いとは言え、この響きも捨てがたい良さがある。 これを逆手に考えると、セブンスをディミニッシュのようにボイシングする事も可能なはずだ。 この場合は、 7 - ♭9 - 3 - 13 の組み合わせになる。 セブンスのバリエーションの1つである。
7 - ♭9 - 3 - 13
ではここで「It Could Happen To You」のボイシングを完成させてみよう。 こうしてただウェブページを読んでいるだけでは、ピアノは上達しない。 各自でピアノの前に座り、実際に音を出してみよう。 これまでに説明した知識を駆使すれば、難しいことはない。 私にできることなのだから、あなたにもできる。